CHAPTER:10  灼熱



全身をさぁっと鳥肌が覆う。
何ともいえないゾクゾクする悪寒。まるで頭の中から金槌で叩かれるような頭痛。さらに胸が締めつけられるほどの吐き気。
そしてそれらが徐々に増幅し激しさを増しつつあった。
                      
桃子が注入した謎の薬の効果を私は身をもって知ることになったのだ。
ハァハァハァハァ・・・・・
私は全力疾走した犬のように口からだらしなく舌を垂らし、強烈な息苦しさに喘ぐしかなかった。
熱い・・・・ものすごく熱い。 全身の皮膚が寒気を感じているにもかかわらず、体内は燃える火のごとくカッカと火照っている。
そんな私の様子をしばらく腕時計と見比べていた桃子がようやく口を開いた。
「美架先生、お加減はいかが?そのご様子じゃかなりつらいみたいね。ふふふふ・・・」
「む、室町さん・・・・ハァハァハァ・・・い、いったい・・・いったい、なにを私に注射したの? ハァハァハァ・・・・・・」
                                              
「ハマダラ蚊から摂取したエキスに別のエキスを加えて特殊な調合をほどこした秘薬よ。私たち化学部の傑作中の傑作だわ。」
「ハ、ハマダラ蚊ですって!マラリアね・・・・・」
         
「あら先生、よくご存知ね。そう、マラリアよ。通常マラリアは体内に入ってから1~2週間ほどの潜伏期間があるけど、私たちは
そのマラリア原虫にアデノウィルスの一種を化学変化させて合体させることに成功したの。これにより威力はマラリア並みで
効き目はインフルエンザ並みに早くなったってわけ。どう?見る見る症状が現れてきたでしょ?でも今はまだほんの序の口。
ピークはこれからよ。」
きっと額に手を当てたらジュゥッと音がするのではないかと思うくらい私の体から高熱が発してきた。
唇は乾き、歯が自然とガチガチ鳴る。 手足はしびれ、全身ブルブルと小刻みに震えが止まらない。
鎖でガッチリ柱に縛りつけられていなかったら、とうに倒れこんでいただろう。
これまで私はさんざん残虐な拷問を加えられてきたが、それでもそれらは肉体的な苦痛がメインであったので、日頃鍛えた
精神力でこれらをかろうじて克服してくることができた。
しかし今回の桃子の拷問はぜんぜん違う。体内からのウィルスによる攻撃。まさに忍耐の支えとなっている気力自体を奪おうと
する恐るべきテクニックだ。
 
「先生、聴覚はまだ機能しているかしら?だったら聞いて。 ここに特殊ウィルス専用の治療薬があるわ。キニーネにクロロキンを
加えた劇薬だけど、一瞬にしてその症状を鎮めることができる超特効薬よ。先生が素直に情報を話してくれたら、すぐに注射して
あげるけど、さあ、どうする? もっとも、これを投与しなかったら、先生の精神は高熱で崩壊・・・つまり発狂しちゃうかもしれないわ。」
桃子は薬の入った小さなビンを指先に持ってちらつかせながら私に酷い選択を迫った。
ハァハァハァハァ・・・・・・ 辛い、苦しい・・・・・わ、わかった・・・何でも言うわ!だからお願い、その薬をちょうだい!・・・今、すぐ!!
  
私の頭の中でそんな言葉が大きなこだまになって反響している。しかし、それを口にしたら、すべておしまいだ。
これ以上の生き地獄も終わるだろうが、同時にシークレット・ティーチャーズの使命も終わってしまう。
そんなことは・・・・・そんなことは、やはりできない! たとえ発狂しようが、命を落とそうが・・・・・私にはできない!
頭の中を支配しようとする屈服の思いとそれを阻止しようとする微かに残った気力とが激しい攻防を繰り返す。そしてついに気力
が屈服を打ち破った。
「う、うぅぅぅぅぅ・・・・・い、いらないわ、そんな薬。マラリアだろうがアデノだろうが・・・・耐えて見せるわ!!ハァハァハァ・・・・」
そう言った瞬間、 
グ、グェエェェェ!!ゲボッ、ゲゲグェェェエエェェーー!!
突然胸がむせ返って腹の中に残っていたわずかな未消化物と胃液を嘔吐した私は、同時に失禁してしまった。
         
「あらあら先生、大変なことになってるじゃない。困るわね、神聖な講堂を汚しちゃ。ふふふふふ・・・」
しかしどんなに恥ずかしく惨めな姿を生徒たちの前に晒したとしても、今はそんなことに構っている場合ではない。
柱に拘束された不自由な体を精一杯ゆすりながら苦しみもがく私を桃子はただひたすら見つめていた。
恐らく気力がさらに低下する頃合を見計らっているのだろう。 でも、そんな期待に応えるわけにはいかない。
いったいウィルスが注入されてからどれくらいの時間が経過したのだろう? そしてあとどれくらいの時間が桃子に残されているの
だろう? 考える気力すら残っていない。もはや1分いや1秒たりとも耐え切れない。そんな思いに全身が包み込まれていきながら
私にはのたうちまわることしかできなかった。
                                     

やがて口から涎を垂らし白目を剥いて意識が朦朧となってきた私を見て、ようやく桃子は次の行動を開始した。
ゼイゼイと荒い呼吸に力なくうな垂れる頭が上下する。 その私の頭をグイッと持ち上げた桃子は、無情にも金属製のベルトを額に
当てしっかりと背後の柱に押しつけて固定した。
                 
沸騰するような熱い額にヒンヤリとした金属ベルトが触れた一瞬の快感に私はやや正気を取り戻したが、それは地獄の序章にすぎ
なかった。
「美架先生、さぞかし辛いでしょうけど、先生をこのまま眠らせるわけにはいかないわ。先生から正解を聞き出すまではね。」
桃子はそう言うと柱の後ろに回りこんで、金属ベルトの合わせ目に取り付けられた大きなネジをグルリと回転させた。
ウグッ、ウゥゥゥゥゥゥ・・・・・
ネジの回転と同時に額を巻く金属ベルトが
ギュギュゥッと引き締められる。
           
「さあ、教えて頂戴。あなたの本当の正体。そしてこの学園で得た情報を!」 さらに桃子がネジを締め上げる。
あっ、アアァァァアアァァァ・・・・・・!!!
ただでさえ割れるような頭痛に苛まれる頭をこれでもかと押し潰そうとする金属ベルトの強力な圧迫に私は呻き声を上げた。
「どうなの?!頭を潰されてもいいの!!」 桃子が迫る。そしてネジを力任せにもう一巻きする。
ギ、ギャァアアァァァアァッ!! い、言わないわ・・・・・ ア、アァァァァ・・・・ 言うもんか!!!
金属ベルトが額にメキメキとめり込む。皮膚が裂け、顔面に幾筋もの血が流れ落ちる。
              
気絶するにもできない激痛の中で、私はこのウィルスの効き目がそう長くは続かないという確信を持ちはじめていた。
なぜなら、桃子の持ち時間を過ぎてもこの症状が続くようなら、次の実習者を有利にすることになる。人一倍負けん気の強い彼女が
そんなことをするはずがない。きっとウィルスの効果は短時間、それも持ち時間の1時間限りだろう。そこまで耐え抜けばきっと・・・・。
そんな私の推測に気づいたのか、桃子はますます力を込めて限界までネジを回し続けた。
心臓の鼓動が数百倍にもなって頭を鈍器でガンガン殴りつけられているようだ。
「も、もう・・・・・これ以上・・・・ダメ・・・・耐え切れない・・・・・」
                                        
そう思った瞬間、
ピピーーーーーッ!と鳶場教諭のホイッスルが鳴り響いて持ち時間の終了が告げられた。
呆然としながらなおもネジから手を離さない桃子を、知淡教諭が強引に引き離した。
ガックリと肩を落としてその場を立ち去っていく桃子の後姿を霞む目で追いながら、やがて私は熱の海に没していった。

          


 

※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

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